盛岡はこの数日冷凍庫のような寒さ。いや、ちょっと大げさか。北海道の旭川市江丹別では氷点下33.3度を記録したらしい(参考:道内冷え込み今季一番 江丹別で氷点下33・3度:北海道新聞)。盛岡は最近雪も降らないし見た目は残雪残る春って感じだけれど、あちらは真っ白な世界なんだろうな。

僕は富良野近郊の出身で旭川の高校にも通ってましたので、少しばかり北海道の冬には詳しい。といっても20年以上前の事だけれどね。まあ今回のように氷点下30度を下回るのは本当に数年に一度。統計情報調べてないですけれど、富良野や旭川で氷点下20度以下ってのは年に数える程という印象だな。確か小中学校の頃は、旭川気象台発表の朝の気温が氷点下25度以下だと学校が一時間遅れで始まりました。でも1年に1度あるかないかですよ。皆が思っている程、そんなに寒くはない。ちなみに氷点下30度を下回ると休校。何度かあったな。わはは。
上記記事で、肉牛農家の方が「牛のよだれがしばれて、つららになった。さすがにこたえる」ってのに少し懐かしい感じを覚えました。北海道では立ち小便をしてるうちに凍るなんて北海道を冒涜するようなくだらない冗談もありました。そんなことはありえない。でも、そうですね、よだれや鼻水はすぐに凍ります。僕は中学の時にクロスカントリー(走るスキーですね)をやっていたのですが、走っていて凍り付いた鼻水をポキンと折るのはあたりまえでした。まあ、北海道が寒いのかと聞かれれば、少しは寒いかもとは言うけれど。ははは。
僕が小学生の頃はまだ銭湯に通うという慣習が残っていました。友達と待ち合わせてお風呂で大騒ぎして大人に怒られたり、お互いのチンポを見せ合ってからかったりしたものです。冬は風呂上がりの帰り道にタオルをぶるんぶるんと振り回すと、濡れたタオルはすぐさま剣のように固くなるんですよね。ぶるんぶるん。かちかち。そこでひゅんひゅんとチャンバラが始まると面白いんだけれど、当時の銭湯に通うメンバーは帰るそれぞれ方向が違ったからなあ。まあ僕らはチャンバラよりも、身の丈を超えるつららをゲットして持ち帰る方が楽しかったけれど。昼取ろうとすると大人に怒られるんですね。危険だしね。そして戦利品を翌日放課後に秘密基地に持ち込み保管するわけです。懐かしい。
僕と家内にチビ達が、東京から盛岡に移りそろそろ5年になります。チビ達は今年の誕生日を迎えれば6才と8才。ここに来た時はまだ1才と3才だったもんね。その時間の多くは義父母の愛情に包まれて過ごしてきました。彼女らは盛岡の冬をどう感じて心に刻み込んでいるんだろうな。
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