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東北

人間と農業

  • 2008年2月15日
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私見を大まかに述べるならば、農業を始める前の人間たちは、鳥や動物、植物たちと今よりもずっと滑らかに会話をすることができた。人間たちは親しい家族の一員としてこの世のすべての生きものたちと交わることができたし、自分たちがこの地球の一部を構成すると知っており、この世界もまた自分自身という存在の一部なのだと自覚して暮らしていたのである。だからそこでは食べものを求めて野を彷徨うことなく、獲物を探して山を駆けることもなかった。確かに裸同然ではあったけれど、頭脳や感覚は現代の人間よりも遥かに明晰であったろう。何を食べるべきか、どう生きるべきかは知覚として感知されていた時代だった。どこに行こうと世界は豊かな食べものに溢れ(砂漠は後代の人間の産物だったのだと思う)、人は風の旋律を聴きながら母の懐の中にいるように悠々自適に生きていた。

このような感覚や思想は、たぶん土を踏みしめて実際に土の湿り気を感じている人しかたどり着けないんだろうな。このエントリーは旧約聖書との対比が多いのが気になるけれど、いつもの様にずしりと重みがあります。会いたいとラブコール送ってもう数年。もう一度ラブコール。会いに行きます。いや、ちがった、飲みに行きます :-)

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