弘法大師(空海)ゆかりの88カ所の札所が「四国八十八箇所」。この地を巡礼することを遍路、地元の方々は巡礼者を「お遍路さん」と呼ぶそうです。遍路の行程は1200〜1400km、徒歩で巡ると40日前後かかるらしい。近年観光化が進み巡礼も快適になってきたとはいえ、大変な修行である事には変わりありません
四国の地に行く事が困難な地域ではミニ「四国八十八箇所」ともいえる霊場が数多く設置されています。上富良野の深山峠にも「深山峠 新四国八十八ヶ所」として石仏が一カ所に集められています。

北海道観光大全の「富良野美瑛八十八ヶ所巡り (1) 上富良野町西部」によると現在の形になるまでにはいくつかの遍歴があるようです。
新四国八十八カ所霊場は明治44年に沿線の真言宗寺院により創設されたもので,第一番の富良野寺から第88番の旭川市金峰寺に至るまで道路沿いに石仏が安置された。巡拝には徒歩で1週間を要したというが,戦後は巡拝者も少なくなり,土地所有者の変更,離農などにより石仏を維持するのが困難になった。
そこで昭和48年に深山峠付近の4kmの区間に88体の石仏が集められたのだが,またもや河川改修や観光開発で移転を余儀なくされ,平成3年に当地に集結されたのである。新四国八十八カ所本来の意味は失われてしまったが,誰にも顧みられることなく放置されるよりは,こうして一堂に集められたほうがよいだろうか。
(『北海道観光大全』富良野美瑛八十八ヶ所巡り (1) 上富良野町西部「22.新四国八十八カ所より」)
僕の祖父である岩井清一は昭和48年の移設の際に尽力したと聞きます(参考:八十八箇所地蔵尊の由来について)。当時の安置略図も掲載されています。そうそう、祖父が間伐材などを利用して杖を作り、お遍路さんに渡していたのを思い出します。ニスを塗ったり焼き印入れたりと結構手の込んだものでした。
「深山峠 新四国八十八カ所」をネットで調べていると、「かみふらのの郷土をさぐる会」の機関誌「郷土をさぐる」に祖父が寄稿した文章を見つけました。「新四国八十八ヶ所の由来」として、当時の苦労話なども綴られています。まさかオンラインで祖父の文章を読めるとは想像もしていませんでした。弘法大師のお導きかも なんてね :-)
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