僕は北海道の富良野という場所で生まれた。富良野は「北の国から」というテレビドラマで全国に知られるようになったので、説明が簡単だ。あ、あの富良野ねと。
正確にいうと僕が生まれたのは上富良野という場所。人口1万数千人の小さな町だ。陸上自衛隊の駐屯地がある。友人の多くは親が自衛隊勤務だった。僕の父は郵便局に勤めていた。富良野市から電車で数十分という場所で、父母はまだそこで生活をしている。たぶんこの時期、まだ雪は残っていると思う。母から先ほど電話があり、そんな事を思い出した。雪の溶ける香りがほのかに感じられる。
僕は何不自由なく、父と母の愛を受けながらその地で青春時代を過ごした。僕はそこそこ優等生だった。毎年学級委員長をまかされ、児童会の会長や生徒会の役員を勤めた。学業の成績も(冬のスキー授業を別にすれば)全て優だった。期末試験の数値はなかなかいいポイントを稼ぎ出した。どうしても勝てない友人達が何人かいたけれど。各教科の平均点98点なんて数値を出すやつもいたりしたんだもんね。テンパクという名前のとても奇麗な顔の女の子だった。ヒダにもチャマにもシカマにも何度もやられたな。バスケット部での活動でもレギュラーとしてそこそこの活躍はした。90度のショットには自信があった。45度のショットはガードしてもらわないと中々決まらなかった。バスケに関しては悔しい想いが多い。
中学2年生の時に恋をした。彼女と過ごす時間はとても素敵だった。キサキというちょっと変わった名前だった。彼女はポールニューマンが好きだった。僕は知らない。映画雑誌を買って読んだ。彼女と分かれたのは高校に入ってから。僕は旭川の進学校に進み、彼女は富良野の高校に通った。中学生。僕らはセックスをしなかった。そんな事必要なかった。ラジオ体操の時に指が触れたり、朝彼女とすれ違うだけで幸せだった。手紙を書いた。そんな甘い思い出。プラトニックラブというのかな。それは確かにあったんだよな。
で、僕は今43才。13才の少年とは違う。僕を信頼して微笑んでくれる素敵なユウという伴侶がいて、なにより僕にとってかけがえのない可愛い子供達がいる。ニヤとチユ。さぁ、僕は何処に向かおうか。
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